ふるさとに寄する讃歌
――夢の総量は空気であつた――
坂口安吾

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)泌《し》みた

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)六千|噸《トン》
−−

 私は蒼空を見た。蒼空は私に泌《し》みた。私は瑠璃色の波に噎《むせ》ぶ。私は蒼空の中を泳いだ。そして私は、もはや透明な波でしかなかつた。私は磯の音を私の脊髄にきいた。単調なリズムは、其処から、鈍い蠕動を空へ撒いた。
 私は窶《やつ》れてゐた。夏の太陽は狂暴な奔流で鋭く私を刺し貫いた。その度に私の身体は、だらしなく砂の中へ舞ひ落ちる靄のやうであつた。私は、私の持つ抵抗力を、もはや意識することがなかつた。そして私は、強烈な熱である光の奔流を、私の胎内に、それが私の肉であるやうに感じてゐた。
 白い燈台があつた。三角のシャッポを被つてゐた。ピカピカの海へ白日の夢を流してゐた。古い思ひ出の匂がした。佐渡通ひの船が一塊の煙を空へ落した。海岸には高い砂丘がつづいてゐた。冬にシベリヤの風を防ぐために、砂丘の腹は茱萸《ぐみ》藪だつた。日盛りに、蟋蟀が酔ひどれてゐた。頂上から町の方へは、
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