してそれを信じることが出来ないのだらう。事実それだけの人間ではないか。しかも、どうしてそれを信じることが出来ないのだ。
諸君は京都の街を知つてゐますか。東山北山西山と云ひ、南を残して三方はぐるり山にかこまれてゐます。街は春の季節でも北の山と西の山には雪があるほど高い山で、京都の街から京都の街へ行く為に深い幽谷のやうな峠を越すところもあります。私の窓からは京都の山々がみんな見えます。山を見ると私は泣きだしさうになつて怒ります。ムッシュウ・スガンの山羊といふ話を知つてゐますか。然し、その話とも違ひます。山はいつも綺麗ですよ。人のゐない野原ではなく人間だらけの屋根の上の山の姿は泌《し》みるやうに鮮やかなのです。山を見ると、私はいつもたゞ山だけになつてしまつた。私自身が山になつた。私といふ人間はこんなケチな、センチメンタルな人間で、忽ち山の姿を映すやうな人間で、鷲と鷹しか翔べないやうな大山脈を映すことのできないケチな人間である切なさに、ふるへだしてしまふのでした。すでに芸術の鳥はとび去り、部屋にひとかけの糞のかたまりが落ちてゐました。
一年たつた。私は竹村書房へ速達をだした。あと二ヶ月で小
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