自身の滅亡を確信した。小田原の街々は変りはなかつた。人通りはすくなく、たゞ電柱に新聞社のビラがはられて、日本宣戦す、ハタ/\と風にゆれ、晴天であつた。私が床屋から帰つてくると、ガランドウも仕事先の箱根から帰つてきて、偶然店先でぶつかり、愈々二宮へマグロをとりにでかけたわけだが、ガランドウばかりは戦争のセの字も言はなかつたやうだ。どこ吹く風、まつたくさういふ男で、五尺八寸五分ぐらゐ、大男の私が見上げるやうな大男で、感動を表すといふ習慣が全然ない、怒ることもなく、笑ふことだけはある。二宮駅の手前でバスを降りて、先づ禅寺へはいつて行つていやにサボテンだらけのお寺で、ガランドウは庫裡《くり》の戸をあけて、酒はないかね、大きな声でたづねてゐる。目当の家に酒がなくとも決して落胆したりショゲたりはしない男で、いつも平気の平然で、一軒目がダメなら二軒目、二軒目がダメなら三軒目、さういふ真理をちやんと心得てゐるのであらう。それから鉄道の工事場へ行き、こゝではお寺の墓地が線路になるので、何十人の人間が先祖代々の墓地を掘りかへしてをり、線香の煙がゆれてゐる。ガランドウはこゝの掘り起した土をさぐつて土器を探し
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