食べさせてくれて、そのたびに、小田原にもパンがなくなつたとか、バタがなくなつたとか、さういふことを彼によつて発見する。彼さへ来なければ、私は何も発見する必要はない。私には欠乏がなかつた。必要がなかつたからだ。
 さういふ私にも否応なしに欠乏が分つてきた。なぜなら、酒がなくなつたのだ。次にマッチがなくなり、煙草がなくなつた。
 けれども小田原ではさして困らなかつた。ガランドウといふ奇怪な人物がゐるからで、そこへ行くと、酒もタバコも必ずなんとかしてくれる。この人物は牧野信一の幼な友達で、ペンキ屋で、熱海から横浜に至る東海道を股にかけて看板をかいて歩いてをり、ペンキ道具一式と酒とビールをぶらさげて仕事に行つて先づビールを冷やしてから仕事にかゝる男なので、箱根へ仕事に行けばわざ/\谷底へ降りて谷川へビールを冷やしてから仕事にかゝり、お昼になると谷底の岩の上でビールを飲んで飯を食つてゐるから、注意して東海道を歩くとよくこの男の姿を見かける。風流な男なのである。
 然し私は風流ではない。私は谷底へ降りてビールを飲むことなどは金輪際やらず、彼は谷底へ降りるばかりでなく、箱根の山のテッペンでビールを飲
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