とも旅館の息子は川の水をヂャブリとくんで平気でお茶をわかすが、利根川もこのへんは下流であり、あるとき舟のすぐ横へ暗紫色のふくれあがつた土左衛門が流れてきたことがあつた。この土左衛門は兵隊で、四日前に溺れて死んで、その聯隊の兵隊が毎日沿岸を探し廻つてゐたのである。
 あるとき小舟の中でねころんでゐると百|米《メートル》ほど下流に何百人の人だかりに気がついたので、ザブンと飛びこんで泳ぎついてみると、今しも人が死んだところだ。親父が釣をしてゐた。小学校四年の子供が泳いで溺れて、親父が慌てゝ飛びこんで二人とも沈んでしまつたのだ。この釣り場の川底はスリ鉢型の窪みがいくつかあつて、この窪みの深さは十尺以上で、それが幾つもあり濁つてゐるから探すのが大変な苦労である。小舟やボートが十隻ほどでて、てんでに竿で川底をさぐり、このへんで唯一人といふ泳ぎ達者の商売人の漁師がきて泳ぎ廻つてゐるけれども死体のありかゞ分らない。
 私は泳ぎの名人である。子供の時から学校を怠けてゐるから、遊ぶことは大概名手で、私が子供の頃は海が一番の遊び場だから、海は私のふるさとで、今でも私は海を眺めてゐると、それだけで心が充たされ
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