上を一足づゝザクリ/\と崩れる足をふみぬいて歩くやうな味気なさは分らない。私はひけらかして言つてゐるのではない。こんな味気なさをかみしめねばならぬのは、馬鹿者の雀の宿命で、鷲や鷹なら、知らずにゐられることなのだ。私はもう、私の一生は終つたやうにしか、思ふことができなかつた。
この町では食事のために二軒の家しかなく、一軒はトンカツ屋で、一軒はソバ屋であつた。私は毎日トンカツを食ひ、もしくは親子ドンブリを食つた。そして夜はトンパチといふ酒をのむ。トンパチは当八の意で、一升の酒がコップ八杯の割で、コップ一杯が一合以上並々とあるといふ意味だといふ。一杯十五銭から十七銭ぐらゐ、万事につけて京都よりは高価であつたが、生活費は毎月本屋からとゞけられ、余分の飲み代のために、都新聞の匿名批評だの雑文をかき、私はまつたく空々漠々たる虚しい毎日を送つてゐた。
この町の生活も太平楽だつた。ある夏の日盛りのこと、伊勢甚(旅館)の息子が誘ひにきて、旅館の小舟をだして、この小舟を利根川の鉄橋の下へつないで寝ころぶのだが、これは涼しい特別地帯で、鉄橋の下の蔭を川風が吹き渡り、夏の苦しさを全く忘れ果てゝしまふ。もつ
前へ
次へ
全26ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング