私の前でオナラをもらしたことがない。実にこれは怖しい女です。私はその怖しさを知ることがおそすぎまして、これはつまり家内が慎しみ深い女で高い教養があるからと考えたからで、おろかにもオナラをしたことのない家内を誇りに思うような気持でおったのです。はからずも今回オナラの差し止めを食うに至ってにわかに悟ったのですが、亭主のオナラを憎むとは亭主を憎むことなんですよ。夫婦の愛情というものは、人前でやれないことを夫婦だけで味わう世界で、肉体の関係なぞは生理的な要求にもとづくもので愛情の表現としては本能的なもの、下のものですが、オナラを交してニッコリするなぞというのはこれは愛情の表現としては高級の方です。他人同士の交遊として香をたいて楽しむ世界なぞよりも夫婦がオナラを交して心をあたためる世界が高級で奥深い。なんとも言いがたいほど奥深く静かなイタワリと愛惜です。実に無限の愛惜です。盲人が妻や良人の心の奥を手でさぐりあうような静かな無限の愛惜です。夫婦のオナラとはこういうものです。オナラを愛し合わない夫婦は本当の夫妻ではないのです。要するに妻は私を愛したことがなかったのですよ」
唐七は暗然としてうつむい
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