した。ところが隠居の葬式以来お奈良さま同様に私もオナラの差し止めをくいまして、自分の部屋に自分一人でいる時のほかにはわが家といえどもオナラをしてはならぬというきびしい宣告をうけたのです。実は家内はこの宣告をしたいのがかねての望みでして、時機を見ているうちにお奈良さまの事件が起った。そこでお奈良さまを口実にして実は私のオナラを差し止めるのが何よりのネライだったのです」
「そう云っていただくと涙がでるほどうれしくはございますが、万事は拙僧の不徳の致すところで」
「あなたは家内の本性を御存知ないからまだお分りにはなりますまいが、夫婦の関係というものは強いようで脆いものですな。たかがオナラぐらいと思っていると大マチガイで、家内がオナラを憎むのはオナラでなくて実は私だということに気づかなかったのです。夫婦の真の愛情というものは言葉で表現できないもので、目で見合う、心と心が一瞬に通じあい、とけあう。それと同じように、手でぶちあったり、たがいにオナラをもらして笑いあったりする。オナラなぞは打ちあう手と同じように本当は夫婦の愛情の道具なんです。オナラをもらしあってこそ本当の夫婦だ。ところがウチの家内は
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