りには喜びが、悲しみの代りには自殺が、あるにすぎないと言うのだ。それらは退屈で罪悪だ! モナリザに、聖母に鞭をふりあげろ。そこから悲しみの門がひらかれ、一切の行路がはじまる。真実や美しいものは誰にも好かれる。誰しも好きに決っているさ。然しそれは、喜びか自殺の代償でしかないじゃないか! 友よ、笑い給うな! 俺を生かしてくれるものは、嘘と汚辱の中にだけ養われているものなんだぜ」
 私は言いながら泣きだしそうになっている、或いは今にも怒りだして喚きそうになっている。そのくせ私の瞬間の脳裡には、汚辱の中の聖霊の代りに、モナリザの淫らな眼が映り、私の飽食を忘れた劣情がそれをめぐって蠢めくことを忘れてはいない、その愚かさを白状しなければならないのか?

 惚れない女を愛することができるかと? 貴殿はそれをききなさるか? もとより貴殿は男であろう筈はない。
 惚れてはいないが然し愛さずにはいられない、女なしに私は生きるはりあいがない。貴殿の逆鱗にふれることは一向怖ろしくもないのだが、偽悪者めいた睨みのきかない凄文句ではなかろうかとヒヤリとしてみたまでのこと。
 こう言えばとて私は愛情に就て述べている
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