ら老婦人の言葉の通りを取次いだ。
「それは君」と友人は即座に答えた。
「天理教が同じことをいっとるぜ」
 なるほど由来宗教は逆説であるにしても、こんな気の利いた理窟をこねる宗教が日本にもあったものかと私はひとしきり面白がる。
 また数日の後、風の良く吹き通る二階で、私は友と、その母親と、ねそべりながら話している。母なる人の立ったあとで私は友にきいた。
「君のおっかさんは良人を命の綱のようにひとすじに信じもし愛しもしていたのだろうね」
 友達は顔色を変えて驚いた。
「母は」と彼は吐きだす如く強く言った。
「父の生きてる間というもの、父と結婚したことを後悔しつづけていたよ。父の死後は、ひとすじに憎みつづけているばかりだよ」
 私の頭がのどかに廻転を失っている。私は彼の父親の在世の頃を思いだす。玄関に立つと、家内の気配が荒廃し恰も寒風吹きみちた廃屋に立つようであった。その気配をいやがり訪れることを躊躇した人々の顔も浮んできた。
「だからさ」私はなんのきっかけもなくふと言いだして、何も知らない友達に、食ってかかる激しさで喋っている。
「だからさ、モナリザの眼、聖母の乳房を畏れるうちは、行路の代
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