おみな
坂口安吾

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)為体《えたい》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)諸※[#二の字点、1−2−22]の
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 母。――為体《えたい》の知れぬその影がまた私を悩ましはじめる。
 私はいつも言いきる用意ができているが、かりそめにも母を愛した覚えが、生れてこのかた一度だってありはしない。ひとえに憎み通してきたのだ「あの女」を。母は「あの女」でしかなかった。
 九つくらいの小さい小学生のころであったが、突然私は出刃庖丁をふりあげて、家族のうち誰か一人殺すつもりで追いまわしていた。原因はもう忘れてしまった。勿論、追いまわしながら泣いていたよ。せつなかったんだ。兄弟は算を乱して逃げ散ったが、「あの女」だけが逃げなかった。刺さない私を見抜いているように、全く私をみくびって憎々しげに突っ立っていたっけ。私は、俺だってお前が刺せるんだぞ! と思っただけで、それから、俺の刺したかったのは此奴一人だったんだと激しい真実がふと分りかけた気
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