し図書館へ通つた。私自身に考へる気力がなかつたので、私は私の考へを本の中から探しだしたいと考へた。読みたい本もなく、読みつゞける根気もなかつた。私は然し根気よく図書館に通つた。私は本の目録をくりながら、いつも、かう考へるのだ。俺の心はどこにあるのだらう? どこか、このへんに、俺の心が、かくされてゐないか? 私はたうとう論語も読み、徒然草も読んだ。勿論、いくらも読まないうちに、読みつゞける気力を失つてゐた。
すると皮肉なもので、突然アキが私達をたよつて落ちのびてきたのだ。アキは淋病になつてゐた。それが分ると、男に追ひだされてしまつたのだ。もつとも、男に新しい女ができたのが実際の理由で、淋病はその女から男へ、男からアキへ伝染したのが本当の径路なのだといふのだが、アキ自身、どうでもいゝや、といふ通り、どうでもよかつたに相違ない。アキは薄情な女だから友達がない。天地に私の女以外にたよるところはなかつた。
私の女が私をこの田舎町へ移した理由は、私をアキから離すことが最大の眼目であつたと思ふ。それは痛烈な思ひであつたに相違ない。なぜなら、女はその肉体の行為の最大の陶酔のとき、必ず迸しる言葉があつた。アキ子にもこんなにしてやつたの! そして目が怒りのために狂つてゐるのだ。それが陶酔の頂点に於ける譫言《うわごと》だつた。その陶酔の頂点に於て目が怒りに燃えてゐる。常に変らざる習慣だつた。なんといふことだらう、と私は思ふ。
この卑小さは何事だらうかと私は思ふ。これが果して人間といふものであらうか。この卑小さは痛烈な真実であるよりも奇怪であり痴呆的だと私は思つた。いつたい女は私の真実の心を見たらどうするつもりなのだらう? 一人のアキは問題ではない。私はあらゆる女を欲してゐる。女と遊んでゐるときに、私は概ねほかの女を目に描いてゐた。
然し女の魂はさのみ純粋なものではなかつた。私はあるとき娼家に宿り淋病をうつされたことがあつた。私は女にうつすことを怖れたから正直に白状に及んで、全治するまで遊ぶことを中止すると言つたのだが、女は私の遊蕩をさのみ咎めないばかりか、うつされてもよいと云つて、全治せぬうちに遊ばうとした。それには理由があつたのだ。女の良人は梅毒であり、女の子供は遺伝梅毒であつた。夫婦の不和の始まりはそれであつたが、女は医療の結果に就て必ずしも自信をもつてゐなかつた。そして彼女
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