ツごうがいいっていうんなら、今晩来てくれよ。」
 私はそのばか者に返事するのもくだらないはずだったが、その時あるおかしな希望が頭にうかんだ。私のように絶望的な地位にあると、人は時として、ひとすじの髪の毛ででも鎖が断ち切れるような気をおこすものである。
「では言うがね、」と私は死にのぞんでる者としてはできるだけの仮面をかぶって言った、「まったくぼくは、きみを王様より金持にならせることができる。何百万となく儲けさせることができる。――がただ一つの条件がある。」
 彼は呆然と目をみはった。
「どういう条件だ、どういう条件だ。何でも君の望みしだいだ。」
「番号を三つどころか、四つも知らせてやろう。だから、僕と服を取り換えるんだ。」
「それだけのことなら!」と彼は叫びながら制服のホックをはずしはじめた。
 私は椅子から立ちあがっていた。そして彼の動作を見守っていた。胸は動悸していた。もうすでに、憲兵の制服の前にどの扉も開き、それから広場、街路、そしてパレ・ド・ジュスティスの建物は後ろに遠くなってゆくのが、目に見えるようだった。
 しかるに、彼は不決断な様子でふりかえった。
「ああ、ここから出るた
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