竄サうとしていた。いろんな考えに頭が乱れていた。
 肩を軽くたたかれて、私はふりむいた。それは新たに来た憲兵で、室のなかに私は彼と二人きりだった。
 ほぼ次のようなふうに彼は私へ話しかけた。
「おい、きみには親切心があるかね。」
「ない。」と私は言った。
 ぶっきらぼうな私の返事に、彼はまごついたらしかった。それでもまた彼はためらいながら言った。
「すき好んで不親切なんて者はあるはずはない。」
「なぜないんだ。」と私は答え返した。「それだけの話だったら、ほっといてくれたまへ。いったい何のつもりでそんなことを言いだすんだ。」
「まあ聞いてくれ。」と彼は答えた。「ほんのちょっとだ。これだけのことだ。もしきみが一人の気の毒な男の幸福をはかってやることができて、それもきみになんの迷惑もおよぼさないことだったら、それでもきみはそれをしてくれないというのかね。」
 私は肩をそびやかした。
「きみはシャラントンの精神病院からでも来たのかね。ふしぎなことを楽しみにしたもんだ。わしだったら、他人の幸福をはかってやるんだがな。」
 彼は声を低めて、意味ありげな様子をした。それは彼の愚かな顔つきには不似合い
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