フ時間を待つ室へ、彼のほうはビセートルへ。彼は憲兵らの護送隊のまんなかに笑いながらつっ立って、彼らに言っていた。
「ほんとに、まちげえちゃいけませんぜ。私たちは、旦那と私は、上っ張りを取り換えたんだ。私をかわりに連れてっちゃいけませんぜ。まったく、そいつあ困る。もうたばこの代ができたんだからな!」
二四
あの老背徳漢、彼は私のフロックを奪い取った。というのは、私はそれをくれてやったのではなかったから。そして彼は私に、このぼろを、自分のけがらわしい上衣を残していった。私はこれからどんな様子に見えるだろう?
私が彼にフロックを渡したのは、無頓着《むとんちゃく》からでも慈悲心からでもなかった。いや、彼が私よりも強かったからだ。もし拒んだら、私はあの太い拳《こぶし》でなぐられたろう。
そうだ、悲しいかな、私は悪い感情でいっぱいになっていた。あの古泥棒のやつを、この手でしめ殺すことができたら、この足で踏みつぶすことができたら、とそう思ったのだ。
私は憤激と苦々しさとで胸がいっぱいになる気がする。苦汁の袋がはち切れたような気持だ。死はいかに人を邪悪にすることか。
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