ヲた。
彼はたばこを拾おうとしながら口のなかでつぶやいた。
「私よりもっと多くのものだって! 言うだけなら容易《やす》いさ。パリまでたばこなしとは、ひどいことだ。」
その時教誨師は彼に少しなぐさめの言葉をかけた。私は他に気を向けてたかもしれないが、とにかくそれは私には、私がはじめ受けてた説教のつづきのように思われた。そして少しずつ、司祭と執達吏とのあいだに会話がはじまっていった。私は彼らのほうを話すままにさしておいて、自分のほうでは考えはじめた。
市門に近づいてゆくと、やはり私は他に気を奪われたにはちがいないが、パリが平素よりもそうぞうしいように思えた。
馬車はちょっと入市税関所の前にとまった。市の税関吏が馬車を検査した。もし羊か牛かを屠殺所に運ぶのだったら、彼らに金袋を一つ投げ出さなければならないだろう。しかし人間の首は当然何も払わなくてよい。私たちは通りすぎた。
大通りを越すと、サン・マルソー大通りやシテ島の古いまがりくねった街路に、馬車はまっしぐらに駆けこんでいった。蟻《あり》の巣の無数の穴のようにうねりうねって互いに交差してる、それらの狭い街路の敷石の上に、馬車はいか
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