轤黷トいるのぞき穴の金網ごしに私は、ビセートルの大きな門の上に大字で刻まれてる銘に、機械的に目をすえていた。養老院[#「養老院」に傍点]としてあった。
「おや、」と私は考えた、「あすこで年をとる者があると見える。」
 そして夢うつつの間でするように、私はそのことを苦悩で麻痺《まひ》した頭のなかであらゆる意味に考えまわしてみた。と突然、馬車は並木道から街道へ出て、のぞき穴の視点を変えた。ノートル・ダームの塔が、パリの靄《もや》の中になかば隠れて青い姿で、そこにはめこまれた。とすぐに私の精神の視点も変わった。私は馬車と同じく機械的になっていた。ビセートルの観念のつぎにノートル・ダームの塔の観念が現われた。――あの旗の立ってる塔に登ったらよく見えることだろう。と私は呆《ほう》けた微笑をうかべながら考えた。
 ちょうどその時だったと思うが、司祭はまた私に口をききはじめた。私は気長に彼をしゃべらせておいた。私の耳にはもう、車輪や駆ける馬や御者の鞭などの音がいっぱいになっていた。それにもう一つ音が加わったわけである。
 その単調な言葉が落ちかかってくるのに私はだまって耳をかしていた。それは泉の囁《
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