セった。「私は鎖よりあのほうが好きさ。」
 それは私にも合点できる。この観物《みもの》のほうが一目でたやすく見てとられるし、早く見られる。同じほどすてきでいっそう簡便だ。何も気を散らさせるものはない。一人の者しかいないし、その一人の者に、徒刑囚ら全部をひとまとめにしたほどのみじめさがある。ただひろがりが少ないだけだ。それは濃くした酒で味がいっそうよい。
 馬車は動きだした。大きな門の穹窿《きゅうりゅう》の下を通る時重々しい音をたて、それから並木道に出た。ビセートルの重い門扉は馬車の後ろにまた閉ざされた。私はただぼうぜんとして自分が運び去られるのを感じた。昏睡状態におちいっている者が、動くことも叫ぶこともできずに、墓穴に埋められる音をただ聞いてるがようなものだった。私はぼんやり聞いていた、駅次馬の首にさがってる鈴のたばが拍子をとってしゃっくりをするように鳴るのを、鉄輪の車輪が敷石の上に音をたてたり轍《わだち》を変えて車体にぶつかったりするのを、馬車のまわりに憲兵らが馬を駆けさせる響きを、御者の鞭が鳴るのを。そしてすべてそれらのものは、自分を運び去る旋風のように私には思えた。
 正面にあけ
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