рヘ見てとった。老人は司祭だった。
 その司祭は監獄の教誨師《きょうかいし》ではなかった。不吉なことだった。
 彼は好意ある微笑をうかべて私と向かいあって座った。それから頭を振って、目を天のほうへ、すなわち監房の天井のほうへあげた。私はその意を悟った。
「用意はしていますか。」と彼は私に言った。
 私は弱い声で答えた。
「用意はしていませんが、覚悟はしています。」
 それでも、私の視線は乱れ、冷たい汗が一度に全身から流れ、こめかみのあたりが脹《ふく》れあがる気がし、ひどい耳鳴りがした。
 私が眠ったように椅子の上にぐらついているあいだ、善良な老人は口をきいていた。少なくとも口をきいてるように私には思えた。その唇がふるえその手が動きその目が光ってるのを、私は見たように覚えている。
 扉は再度開かれた。その閂の音で、私はぼうぜんとしていたのから我にかえり、老人は話をやめた。黒い服をつけた相当な人が、典獄を従えてやってきて、私にていねいに会釈をした。その顔は、葬儀係りの役人めいたある公式の悲哀を帯びていた。彼は手に一巻の紙を持っていた。
「私は、」と彼は慇懃《いんぎん》な微笑をうかべて私に言
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