ウのあまり目を閉じた。するとなおはっきりすべてのことが見えてきた。
 夢にせよ、幻にせよ、現実にせよ、とにかく私はも少しで気が狂うところだった。が、ちょうど折よく、突然ある感じが私を覚ましてくれた。あおむけに倒れかかった時、ある冷たい腹と毛のはえた足とが自分の裸の足の上を通ってゆくのを感じた。それは私にじゃまされて逃げてゆく蜘蛛《くも》だった。
 そのために私は我にかえった。――おお恐ろしい亡霊ども!――いやそれは一つの煙であり、痙攣《けいれん》している空虚な私の頭脳の想像だった。マクベス式の幻だ! 死者は死んでいる、ことに彼らはそうだ。墳墓の中に入れられて錠をおろされてる。それは監獄とちがって脱走はできない。私があんなに恐怖を覚えたのはどうしたわけか。
 墓穴の扉は内部から開くことはできない。

       一三

 近ごろ、私はある忌《いま》わしいものを見た。
 まだ夜が明けるか明けないうちだったか、監獄じゅうがそうぞうしくなった。重い扉の開いたり閉じたりする音、鉄の閂《かんぬき》や海老錠《えびじょう》のきしる音、看守の帯にさがってる鍵束のがちゃつく音、階段の上から下まであわただ
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