セと思っている。けれども、早まってはいけない。
 実をいえば、死刑執行人はひどく恐れた。立法家が人情や仁愛や進歩などを説くのを聞いた日、彼はもう万事だめだと思った。みじめな彼は断頭台の下にうずくまり、夜の鳥が真昼の光に遭《あ》ったように七月革命の太陽に不安をおぼえ、自分を忘れようとつとめ、耳をふさぎ息をひそめた。そして六か月間姿を見せなかった。生きてるしるしさえ示さなかった。けれどもしだいに彼はその闇黒のなかで安心しだした。彼は議会のほうに耳をすましたが、もう自分の名が口にのぼせられるのを聞かなかった。ひどく恐れていたあの響きの高い堂々たる言説ももう聞こえなかった。『犯罪および刑罰論』の大げさな注釈ももう聞こえなかった。人々は他の事柄に頭を向けていた。ある重大な社会的利害問題、ある村道問題、オペラ・コミック座に対する補助金問題、あるいは、卒中患者みたいな十五億の予算からわずか十万フランの出血治療をなす問題、などに頭を向けていた。もう誰もかの首切り人のことを考えていなかった。それを見て彼は心がおちつき、穴から頭を出して四方を眺めた。そしてラ・フォンテーヌの物語の中のあるはつかねずみのよう
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