ルうだけに心を向けようとした。が、司祭の言葉は、喧騒のためとぎれてよく聞こえなかった。
私は十字架像を取ってそれに接吻した。
「御慈悲を、神よ!」と私は言った。――そしてその一念のうちに沈潜しようとつとめた。
しかし冷酷な荷馬車の動揺は私の心をゆすった。それから突然私はひどい寒さを覚えた。雨はもう服をしみ通していたし、みじかく刈られた髪を通して頭の皮膚をぬらしていた。
「寒さにふるえていますね、あなた。」と司祭は私にたずねた。
「ええ。」と私は答えた。
悲しいかな、ただ寒さのためばかりではなかった。橋からまがってゆく角のところで、私の若さを女どもが憐れんでくれた。
私たちは最後の河岸に進んだ。私はもう目が見えず耳が聞こえなくなりはじめた。それらの人声、窓や戸口や商店の格子窓や街灯の柱などに積み重なってるそれらの頭、貪欲な残忍なそれらの見物人、皆が私を知っていて私のほうでは一人も知らないその群集、敷石も壁も人の顔でできてるその街路……私は酔わされ、茫然とし、白痴のようになっていた。あれほど多くの人の目が自分の上にのしかかってくることは堪えがたいものである。
私は腰かけの上にふら
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