ニをも一度、高い声でくりかえしたかった。しかし息が切れて、ただ手荒く彼の腕をひっぱりながら、痙攣《けいれん》的な力をこめて、「いけません!」と叫ぶことができただけだった。
 検事長は弁護士の説を反駁《はんばく》した。私はぼんやりした満足の念でそれに耳を傾けた。それから判事らは室外に出て、つぎにまた戻ってきた。そして裁判長は私に判決を読んできかした。
「死刑!」と群集は言った。そして私が連れ去られる時、皆の者は家が崩れるような音を立てて後にくっついてきた。私は酔ったように呆然として歩いていった。一つの革命が私のうちに起こったのだった。死刑の判決までは、私は呼吸し脈打ってる自分を感じ、他の人々と同じ世界に生きてるのを感じていた。が今や私は、世間と自分との間に、ある仕切りみたいなものをはっきり感じた。もう何一つ以前と同じ姿には見えなかった。それらの大きな明るい窓、そのうるわしい日の光、その清らかな空、そのかわいい花、どれもこれもただ白く色あせて、経帷子《きょうかたびら》の色になった。私のほうに集まってくるそれらの男や女や子供も、幻影のように見えた。
 階段の下に、格子《こうし》のはまった黒い
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