と言ってやがる。俺たちは酒飲みでなまけ者だと言ってやがる。そして御当人は! 奴らはいったい何だい。若《わけ》え時には何をしてきたんだい。泥坊じゃねえか。そうででもなけりゃあ金持ちになれるわけはねえ。ええ、世間は四すみから持ち上げて、すぽっと投げ出しちまうがいい。みんなつぶれっちまうかも知れねえ。つぶれなくっても、皆無一文になるわけだ。それだけ儲《もう》けものだ。――だがあの慈善家のばか野郎、いったい何をしてるんだ。本当に来るのか。ことによると番地を忘れたかな。あの爺《じじい》の畜生め……。」
その時軽く扉《とびら》をたたく音がした。男は飛んでいって扉を開き、うやうやしくおじぎをし、景慕のほほえみを浮かべて、叫んだ。
「おはいり下さい。御親切な旦那《だんな》、また美しいお嬢様も、どうかおはいり下さい。」
年取ったひとりの男と若いひとりの娘とが、その屋根部屋の入り口に現われた。
マリユスはまだのぞき穴の所を去っていなかった。そして今彼が受けた感じは、とうてい人間の言葉をもっては現わせない。
現われたのは実に彼女[#「彼女」に傍点]だった。
およそ恋をしたことのある者は「彼女」という語の二字のうちに含まれる光り輝く意味を知っているであろう。
まさしく彼女であった。マリユスは突然眼前にひろがった光耀《こうよう》たる霧を通して、ほとんど彼女の姿を見分けることができないくらいだった。がそれはまさしく、姿を隠したあのやさしい娘だった、六カ月の間彼に輝いていたあの星だった、あの瞳《ひとみ》、あの額、あの口、消え去りながら彼を暗夜のうちに残したあの美しい顔だった。その面影は一度見えなくなったが、今また現われたのである。
その面影は再び、この影の中に、この屋根部屋《やねべや》の中に、この醜い陋屋《ろうおく》の中に、この恐ろしい醜悪の中に、現われきたったのである。
マリユスは我を忘れておののいた。ああまさしく彼女である! 彼は胸の動悸《どうき》のために目もくらむほどだった。まさに涙を流さんばかりになった。ああ、あれほど長くさがしあぐんだ後ついにめぐり会おうとは! 彼はあたかも、自分の魂を失っていたのをまた再び見いだしたような気がした。
彼女はやはり以前のとおりで、ただ少し色が青くなってるだけだった。その妙《たえ》なる顔は紫ビロードの帽子に縁取られ、その身体は黒繻子《くろ
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