モウん! 来ましたよ。私です。私はあなたと同じ心を持っています。私はあなたの児です!」いかに彼は父の白い頭を抱き、その髪を涙でぬらし、その傷をながめ、その手を握りしめ、その服をなつかしみ、その足に脣《くちびる》をつけたことであろう。ああなぜに父は、長寿を保たず、天の正しき裁きをも受けず、息子の愛をも受けないで、かくも早くいってしまったのか。マリユスは心の中で絶えずすすりなきし、常にそれを「ああ!」と言葉にもらした。同時に彼はまた、いっそう本当にまじめになり、いっそう本当に沈重になり、自分の信念と思想とにいっそう固まった。各瞬間に、真なるものの光が彼の理性を補っていった。彼のうちには一種の内的発育が起こってきた。自分の父と自分の祖国と、彼にとっては新しいその二つのものがもたらしてくる、一種の自然の生長を彼は感じた。
鍵《かぎ》を手にしたがようにすべては開けてきた。彼は今まできらっていたものを了解し、今まで憎んでいたものを見通した。それ以来彼は、嫌忌《けんき》すべく教えられた偉業について、のろうべく教えられた偉人らについて、天意的にしてまた人間的なる犯すべからざる意義を明らかに見た。昨日のものでありながら既に古い昔のもののように思われる以前の意見を考える時には、自ら憤り自ら微笑を禁じ得なかった。
父に対する意見を改めるとともに、彼は自然にナポレオンに対する意見をも改めるに至った。
けれども、第二の方は多少の努力を要したことを、言っておかなければならない。
子供の時から彼は、ボナパルトに関する一八一四年の当事者らの意見に浸されていた。およそ復古政府のあらゆる偏見や、利己的な考えや、本能などは、ナポレオンを変形しがちだった。復古政府はロベスピエールよりもなおいっそうナポレオンの方をきらっていた。そしてかなり巧みに国民の疲労や母親らの恨みを利用した。ボナパルトはついにほとんど伝説的な怪物と化し去った。前に述べてきたとおり子供の想像に似た民衆の想像裏に、彼を浮かび出させるについて、一八一四年の当事者らはあらゆる恐るべき仮面を次々に持ち出し、壮大となるほど恐ろしいものから、奇怪となるほど恐ろしいものに至るまで、チベリウスからクロクミテーヌに至るまで([#ここから割り注]訳者注 前者は残忍なるローマ皇帝後者は残酷なる怪物[#ここで割り注終わり])すべて持ち出した。かくてボナ
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