が一度か二度……。そのほかには何事もありませんでした」
「怖《こわ》くなかったか」
「ちっとも……」
 こう言う彼の大胆な顔をみて、何事が起こっても彼はわたしを見捨てて逃げるような男でないということが、いよいよ確かめられた。
 わたしたちは広間へ通った。往来にむかった窓はしまっている。わたしの注意は今やかの犬の方へ向けられたのである。犬もはじめのうちは非常に威勢よく駈け廻っていたが、やがてドアの方へしりごみして、しきりに外へ出ようとして引っ掻いたり、泣くような声をして唸《うな》ったりしているので、私はしずかにその頭をたたいたりして勇気をつけてやると、犬もようよう落ち着いたらしく、私とFのあとについて来たが、いつもは見識《みし》らない場所へ来るとまっさきに立って駈け出すにもかかわらず、今夜はわたしの靴の踵《かかと》にこすりついて来るのであった。
 私たちはまず地下室や台所を見まわった。そうして、穴蔵に二、三本の葡萄酒の罎《びん》がころがっているのを見つけた。その罎には蜘蛛《くも》の巣が一面にかかっていて、多年そのままにしてあったことが明らかに察せられると同時に、ここに棲む幽霊が酒好きでな
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