えたからである。
 午後九時半頃に、かの書物をポケットへ押し込んで、わたしは化け物屋敷の方へぶらぶらと歩いて行った。わたしはほかに一匹の犬を連れていた。それは敏捷で、大胆で、勇猛なるブルテリア種の犬で、鼠をさがすために薄気味のわるい路の隅や、暗い小径《こみち》などを夜歩きするのが大好きであった。かれは幽霊狩りなどには最も適当の犬であった。
 時は夏であったが、身にしむように冷えびえする夜で、空はやや暗く曇っていた。それでも月は出ているのである。たといその光りが弱く曇っていても、やはり月には相違ないのであるから、夜半《よなか》を過ぎて雲が散れぱ、明かるくなるであろうと思われた。
 かの家にゆき着いて戸をたたくと、わたしの雇い人は愉快らしい微笑を含んで主人を迎えた。
「支度は万事できています。すこぶる上等です」
 それを聞いて、わたしはむしろ失望した。
「何か注意すべきようなことを、見も聞きもしなかったか」
「なんだか変な音を聞きましたよ」
「どんなことだ、どんなことだ」
「わたくしのうしろをぱたぱた通るような跫音《あしおと》を聞きました。それから、わたくしの耳のそばで何かささやくような声
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