てください」僕等が、涙ぐみながら、口々に叫んだとき、船橋の根元の柱に縛りつけてあった麻縄《ロープ》を、怪老人は解いた。おお、果して、この不完全な風船は、大空に浮き上った。
「博士。さよなら」
「先生! 御壮健で……」あとは涙。甲板上の二老人も、両眼に涙を湛《たた》えて、
「おお、元気な日本の少年よ。中国の少年よ。必ず祖国へ帰れよ」
「圧搾空気は瓦斯《ガス》のようなわけにはいかぬから、やがて風船の浮揚力は失うが、それまでにこの魔の海を脱れ出るがよい。運命の風よ。強く吹け」口々に叫びながら、多難な前途を案じ顔だった。
 幸いに、風が強く、僕等をのせた怪しげな風船は、幽霊船の上空を離れて、大渦巻の圏外へ吹き飛ばされようとする。
「さようなら……」
「さよなら!」僕も、陳《チャン》君も、泣きながら叫んだ。

     風船の墜落

 僕等を乗せた風船が、風に吹きつけられて、やっと、大渦巻の圏内を脱したとおもうころ、予期したとおり、いや案外にはやく麻袋の風船は、浮揚力を失って、大海原に墜落した。
「あッ!」僕も、陳君も、絶望の叫びをあげた。
 が、ふしぎにも、僕等は、それなり海底へ沈まなかった。
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