の機関が、軽快な響きを立てて回転し、太い煙突からは、海洋を圧するような黒煙が吐き出され、十五|節《ノット》の速度で、西に針路を執って航行しはじめた。僕は、得意満面である。西へ! 西へ! 西方には、祖国日本が横《よこた》わっている。
僕は、運転室で、やたらに口笛を吹いた。
数ヶ月前、横浜|埠頭《ふとう》で、ハマの船員たちに騙《だま》されて、密猟船虎丸のボーイとして乗船した僕が、今は、素人ながら、一等運転士の貫録をみせて、納り返っているなど、まったく夢のようだ。どろぼう[#「どろぼう」に傍点]船の奴隷が、どろぼう船を分捕って祖国へ凱旋《がいせん》するのだ。僕は、運転室で、得意になって口笛を吹いていたとき、ふとコンパスが狂いだしたのを発見して、「あッ!」と低く呟いた。コンパスが狂ったのは、コンパス自身の罪ではなく、何かの、見えぬ力が、船の進行を邪魔しはじめたからだ。機関《エンジン》の狂ったのでも、汽罐《かま》が破裂したのでもない。船が、急湍《きゅうたん》のような、烈しい潮流に乗って、目まぐるしい迅《はや》さで、一方向に急進しはじめたからだ。
「魔の海! 恐ろしい魔の海だ」僕は、それを知る
前へ
次へ
全97ページ中76ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺島 柾史 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング