と、急いで船首を急回転させようと焦った。
 が、魔の海の潮流に逆うことは不可能だった。船は、急湍に乗り、ぐんぐん魔海に進んでいる。コンパスは狂いつづけ、舵機《だき》や、スクリウは、僕の命令に従わない。僕は、把手《ハンドル》から手を離し、呆然《ぼうぜん》として腕組みした。
 そこへ、老博士や、怪老人や、船に収容した生残りの技術員たちが駈《か》けつけて来た。
「どうしたのだ」
「運転士! どうしたんだ」
 人々は、口々に叫んでいる。僕は、悲痛な声をしぼって、
「船が、おそろしい潮流に乗ったのです。魔海の底に引《ひき》ずられて往きます」
「えッ!」人々はおどろいて前方へ視線を投げた。
 おお急湍のような潮流の落つくところは、まさしく魔の海。そこは海洋の真只中《まっただなか》の大鳴門《おおなると》だ。約一海里平方ぐらいの海が、大渦巻をなして、轟々《ごうごう》と物凄《ものすご》いうなりをあげている。「あッ! 大渦巻だ!」「人をも、船をも、一呑みにする魔の海だ」
 生残りの技術員たちは、口々に叫んで、船橋《ブリッジ》から転げ落ちるように、甲板に降りて、なおも、
「大渦巻だ!」
「救《たす》けてくれ
前へ 次へ
全97ページ中77ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺島 柾史 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング