だ。
「いや、ほかの奴等は、死んだものに防腐剤を施したのだから、肉体のみを防腐したに止って生命は再び肉体に還っては来はせぬ。この少年は、生きたまま防腐剤を施したのじゃから、それを解消すると、この白蝋《はくろう》のような顔が、忽ち紅潮してくれるだろう」
「はやく、注射して下さい」
「よろしい」
 怪老人は陳《チャン》君の屍骸の腕に幾本か注射を試みた。
「これでよろしい。見ていたまえ。屍骸が動き出すであろう」僕も、老博士も、非常な興味を覚えて陳君の屍骸に注目した。
 五分、十分、十五分……と経つうちに、やがて、白蝋のような屍骸の顔に、血の色がさして来た。
「おお」老博士は、低く呻《うめ》いた。こんどは、眉毛《まゆげ》が微《かす》かに動いた。手足が、ビクリビクリと微動した。
「おお、陳君!」僕は、おもわず叫んで、屍骸に駈《か》け寄ると、怪老人は、手をあげて制し、
「静かに、静かに」用意の葡萄《ぶどう》酒を二、三滴、屍骸の口へ垂らしてやった。すると、陳君は、眼をひらいて、四辺《あたり》をきょときょと見廻した。
「おお、気がついたか。わしだよ」怪老人は、陳君の顔を覗《のぞ》いた。
「ああ、先生!
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