海に流れてくるうちに、船底の冷凍室の紅鮭《べにざけ》やオットセイが、腐敗しはじめた。急速度に腐敗し、臭気は、船底一杯に充満し、船室に居られなくなった。それで、二人は、夜も、甲板で眠ることにした。
「困った。飲料水が腐りかけましたよ」
陳君は、不安の面持《おももち》でいうと、怪老人は、
「なアに、海水を呑《の》むさ」一向平気である。
「海水なぞ、呑めやしないじゃありませんか」
「心配することはない。わしが、海水から塩分を取りのぞいて、旨《うま》い飲料水をつくってやる……それよりかどうだ、小僧。冷凍室のものが腐り、飲料水まで腐りかけたというのに、中甲板にころがっている四つの屍骸《しがい》が、少しも腐敗せんじゃないか」
「なるほど、妙ですね」
「妙ではない、当然のことなのだ。わしの創案した防腐剤の偉力は、このとおりじゃ。何なら、おまえにも、防腐剤を注射してやろうか」
「え!」
「生きながら、偉効《いこう》のある防腐剤を注射すると、おまえの肉体は、永遠に死なぬぞ」
「冗談じゃありません。防腐剤は、死んでからねがいます」
「ところが、わしは、生きた人間に、それを試みたいのじゃ。小僧、おまえの肉
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