は、急に、会心の笑いをもらした。
「ハハハ。それだ、わしの求めていたことは」
「え!」
「つまり、わしは、心臓は、動物の生命の原動力であるかどうかを実験したのじゃ。小僧、おまえの小さな心臓の代りに、あの安南人の大きな心臓を移し替えてみると、わしの学説のとおり、おまえは、あの大きな安南人のように、勇敢に、力強くなったじゃないか。ハハハハハ。もうそれでよい。わしと妥協しよう」
「それじゃ、いまのは嘘《うそ》ですか。眼球を取替ようというのは」
「嘘ではないが、しばらく中止さ。ハハ……」
 それから、二月は無事に過ぎた。
 怪老人は、ふたたびメスを揮《ふる》おうとはせぬ。が、油断はならない。隙《すき》をうかがってまた、奇怪な解剖をやらぬともかぎらぬ。陳《チャン》君は、それで、夜もろくに眠らず警戒しつづけた。
 幽霊船は、長い漂流をつづけているうち、次第に南海の方へ進んでいるようだ。北洋で見うけた、氷の砕片や、寒流特有の海の色は、いつか消えて、暖かい風が甲板を吹いていたが、このごろでは、むしろ、熱風が肌に感じられるようになり、椰子《やし》の実が、ひょうひょうと波にうかんでいるのを見うける。
 南
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