、亡霊でなければ、悪魔の仕業だ。
「油断がならぬぞ」陳《チャン》君は警戒しはじめた。虎丸《タイガーまる》は、心臓を失い、両足を失って相変らず、幽霊のように、名も知らぬ海洋をひょうひょうと漂流している。
「戦おうか」だが、仮にも、怪老人は、自分にとっては生命《いのち》の恩人だ。他人の心臓を取って、移し植え、血の通う人間にしてくれた恩人だ。たとえ、亡霊でも、悪魔でも、ふたたび自分に魔の手を伸し、心臓を抉《えぐ》り取ろうとするまでは、こちらから手出しはできないとおもった。
真夜中ごろ、人の気配を感じてふと眼が醒《さ》めた。
「誰だ!」低く、しかも力の罩《こも》った声で叫んで、半身を起し、四辺《あたり》をみると、白衣の怪老人が片手にメスを握り、そっと、陳君の眠っているベッドに近づいて来たのだ。
「何をするのです」怪老人は、不気味に笑って、
「わしはまた、人間の肉を裂きたくなったのさ」
「えッ! では、僕の心臓を、また抉り取ろうというのですか」
「いや、心臓が欲しいのではない。その二つの眼じゃ」
「えッ!」怪老人は、一歩一歩近づいてきて、
「おまえの、美しい、若々しい眼と、このわしの老《おい》
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