かな」
だが、氷山が、こんな暖かい風の吹く海洋まで流れてくるはずはない。では、貝殻の島かもしれない。貝殻や鳥糞《ちょうふん》が、島嶼《しま》のうえに堆積して、白い島にみえるのもある。けれど、その白さとちがって、あの銀色さんぜんと輝いているところは、どうしても氷山だ。
可笑《おか》しい。どうして、氷山が、こんな暖かい海洋へ流れて来て溶けないのかしら。
ふしぎにおもって、なおもよく見入っていると、僕を乗せた鯨の屍骸は、どうしたことか、いつのまにか、急速力を出して、かの氷山を目指して進んでいるではないか。
「おや、いよいよ可笑しいぞ。鯨が生き返ったのかしら」いや、生きたのではない。鯨の屍骸は、狂おしく迅《はや》い潮流に乗って、矢のように走り出したのだ。しかも、その方向は、はるか彼方《かなた》に浮ぶ氷山を目指している。それが磁石に吸いつけられるように、かなりの速力で氷山に近づいているのだ。
「こいつは剣呑《けんのん》! あの氷山に正面衝突してみろ、鯨|諸共《もろとも》、僕の身体も木葉微塵《こっぱみじん》になるだろう」
さすがの僕も、今度こそは、怖《おそ》ろしくなって眼を瞑《つむ》った。
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