大きな抹香鯨《まっこうくじら》だった。しかも、鯨の奴《やつ》、白いお腹《なか》を上に向けて、悠々潮流に乗っている。
 僕は、ゆうべから、抹香鯨のお腹の上に眠っていたのだった。
「なアんだ。お腹の上にいたのか」
 僕は、可笑《おか》しくなってひとりで笑った。が、考えてみると、鯨がお腹を上に向けて泳いでいるわけはない。僕は、やっと怪物の謎《なぞ》を解くことが出来た。
「ああ、そうだ。こいつは、鯨の屍骸《しがい》だったのか。どうりで、僕を竜宮へ連れて往かなかったはずだ」
 それがわかると、少しつまらなくなった。けれど、鯨の屍骸なら、結局安全だ。竜宮へ連れて往ってくれないかわりに、こうして漂流しているうちに、やがて、捕鯨船に発見されるだろう。
「まずまず安心」
 そこで、僕は、また、鯨のお腹の上で横になろうとして、ふと、左手はるかに瞳《ひとみ》を投げると、おもわず、
「おや!」
 と叫んだ。そのおどろきも当然、はるか南東の洋上に、ふしぎな島が、うかんでいるではないか。しかも、その島は純白で、朝陽《あさひ》をいっぱいにうけて、銀色さんぜんと輝いているではないか。
「島かな。帆船かな。それとも氷山
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