を、船から追出したのだ」
「亡霊だって、冷凍室のラッコが欲しいだろう」
「そんな、莫迦《ばか》なことがあるものか。亡霊が、ラッコの皮を売ってどうするンだ」
「なるほど、そいつもそうだ」
水夫は、肯《うなず》いたが、しかし、怪老人の姿をおもいうかべると、ぞっとした。果して亡霊だろうか、仮面の怪人物か。その謎《なぞ》の解けぬうちに、虎丸は、僕等とは、可成り距《へだた》ってしまった。およそ、十数分も経ったが、火薬庫など爆発しやしない。潮流に乗って、悠々と、南々東を指して流れて往く。
僕も、水夫も、北太平洋の真ン中に、置去りにされてしまったのだ。しかも、浮袋《ブイ》一つに生命を托して、ひょうひょうと巨浪に飜弄されている。
もうすでに夕暮だ。赤い太陽が、西の空に沈もうとしている。海は、黄金を撒《ま》いたように輝いているが、それを眺めて楽しむどころではない。夕方でも、この寒さだから、夜になったら、一層寒さが加わるだろう。水が刃《やいば》のように肌を刺し、僕等は、明日を待たず、凍死するにちがいない。
「ひでえことになったなア」
豹《ひょう》のような水夫も、さすがに心細くなったとみえ、今はもう
前へ
次へ
全97ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
寺島 柾史 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング