現われたのか、船室の降り口のところに、白衣《びゃくえ》を着た、白髪の老人が、亡霊のように立っているではないか。しかも、彼は、歯の無い口を開いて、
「ワハハハハハハ。おまえたち、甲板のうえで、生命のやり取をしても無駄だろうぜ」
 と、不気味に、冷たく笑った。
「てめえは、誰だ」
 豹のような水夫は、恐怖におびえた眼で、怪老人を睨めつけながら云った。
「わしこそは、この船の主人じゃ。おまえたち、生命のやり取を、止《や》めて、はやく、この船を退散しろ」
「何を!」
 水夫は、こんどは、亡霊のような怪老人に、ピストルを向けた。
「ワハハハハハ。若いの、そいつは無駄さ。おまえが、わしの胸を射貫《いぬ》いても、この船には長く居られまいぞ」
「え! 何故だ」
「船底の、火薬庫が、あと三分で、爆発するだろ」
「えッ!」
「わしは、たった今、火薬庫に、導火線を投入れ、その先に火を点《つ》けて来たのさ。導火線は、あと三分。いや二分で、燃え尽きるだろう」
「えッ!」
 豹のような水夫は、これをきくと、反射的に駈け出した。たぶん、端艇《ボート》を探し廻ろうというのだろう。だが、端艇は一艘も本船に残っていない。
前へ 次へ
全97ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
寺島 柾史 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング