た。もう、夜がすっかり明けていた。ふと見ると、自分のいるすぐ右手の壁の上に、爪《つめ》で書いたらしい「願放免」「五月二十三日」という字が読まれた。彼は心持ちが急に暗くなって来た。罪悪、罪人、本物の囚人、こんなことがいろいろに考えられた。五月二十三日といえば、ついまだ一カ月と前のことではない、これを書いた人はどんな人であったか、そしてその人は何のためにここへ入れて置かれたのだろう、そんなことまでがいろいろ気になった。
入口のところへ一人の警官が来て、
「おい!」と彼を呼んだ。そして覗《のぞ》き込むようにして内を見た。彼が目を覚まして壁によりかかっているのを見ると、一段あらたまった調子で、
「貴様の名は何というのか」と問うた。
「曽根四郎と申します」と彼はおかしいほど丁寧に答えた。
警官は、それから現住所、原籍、族籍、父の名、その者の第何男であるかまで詳しく聞いて一々それを手帳に控えた。最後に彼の職業が何であるかを尋ねた。彼は職業は何かと尋《と》われてはた[#「はた」に傍点]と当惑した。新聞の記者をしているのだから「新聞記者です」と言えば何の面倒もないのだが、彼はなぜかそう言うのが不正
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