められてある。入口はその格子の一部分で、そこに鉄製の潜戸《くぐりど》があって、それには赤錆《あかさび》のした大きな鉄の錠が、いかにも厳《おごそ》かに、さもさも何か「重大事件」といったように重たく横たえられてある。天井の高さが不釣合いに高く、床のところが何かの底のように感ぜられる。
薄い、あるかなきかの明るみが右手の方から格子を通して左手の壁の上に漂うていた。彼はそのおぼつかない未明の光を打ちながめながら、咋夜来の自分の身を思うた。
いくら考えても考え直してみても記憶と記憶との間に一カ所大きな穴があって、そこのところがどうしても瞭然《はっきり》としない。それにしても川のあるところへなんかどうして行ったのだろう、川って一体何川なのだろう……
彼はもう一度、初めから順序を追うて昨夜の記憶を頭の中にくり返してみた。
日暮れごろから、木挽《こびき》町のさる料理屋の大広間で、社の懇親会があった。雨がびしょびしょ降っていた。庭の木立が白く煙《けむ》っていた。池の岸に白と紫の大輪の杜若《かきつばた》が艶《えん》に水々しく咲いていた。離れの小座敷の縁先に二十三四歳ぐらいの色白の粋《いき》な男が、
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