どこへもお嫁に行かず、やはり達者で家で働いているそうだ。僕の心は今|歓《よろこ》びで波うっている。僕はこれから出かけて行く。どんなことをしてもお今をもう一度きっと僕のものにしなければならぬ。願わくば君も僕の成功を祈ってくれ。
屋外には灰の雨がますます盛んに、サラサラと幽《かす》かな音を立てて降りしきっている。太陽の色はますます鈍く曇って来た。……僕は、何だか嬉《うれ》しくてしようがない。僕は一生涯《いっしょうがい》この高原から下らないかもしれない。……」
[#ここで字下げ終わり]
日本紙へ書いたのに、万年筆のインキが少くなってでもいたのかところどころにポテリと大きなしみ[#「しみ」に傍点]が出来ていたりしてかなり読みにくかった。
そのころ、曽根の社では、(川へ落ちる)という言葉がはやっていた。人と人と議論でもしていると、そこへ行って(君たちの議論の行く手には溝川が流れているようだぜ、おっこちないように気をつけたまえ)とか、誰か新らしい計画でも初める者があると、(あの計画も行く行くは川に落ちてしまうね)とか、または、(あの人の行く道には常に一つの溝川が添うて流れている)とか、こんなふ
前へ
次へ
全42ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
相馬 泰三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング