くその通りだ。僕はお今が見たいばかりでここ[#「ここ」に傍点]へやって来たのだ。
一昨夜、また一人で大泥酔をした。昨日、宿酔《ふつかよい》の頭をかかえながら下宿の窓からぼんやり青空を眺めていたら、どうした工合か空が常になく馬鹿に高く見えるのだ。見ていれば見ているほどどこまでも涯《はて》しがなく高く感ぜられる。隣りの寺の屋敷にある大きな、高い榎《えのき》の梢《こずえ》が、寂寞に堪えないといったような表情をして(実際、そんなに感ぜられた)軽くふわふわとそよいでいた。僕はわけもなく悲しくなって来た。何にも要《い》らないような気がして、そして無性と誰かに会いたくなって来た。誰かと会っていねば一刻もいられないような気がして来たのだ。するとその時ふと、お今が僕の心の中に浮んで来た。――あんなふうにして別れたのだから、お今はきっと自分を怨《うら》んでいるだろう。……事によったらお今はもうよそへお嫁に行ったかも知れない、などと思うたら、もう矢も楯《たて》もなくお今が恋しくなってたまらなくなった。……そして取るものも取りあえず、まるで夢の中でも走るようにここへやってきた。さっき宿の女中に尋ねたら、お今は
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