どうと言って別に当てなんかあるものか。――まあ、二ッちも三ッちもならなくなるまではこうしているさ。その先はどうにかなる。口入れ屋へでも何でも出かけるんだ」
 曽根は、何だか自分もやろう[#「やろう」に傍点]としていたことを先を越されたような気がした。そしてある感激を覚えた。彼は盃をあげて突然《いきなり》
「松本! 君の健康を祝す」と叫んだ。
 酔いがまわるにつれて二人は快弁になった。二人とも相手になんかおかまいなしで、てんでん勝手なことをどなった。曽根はおどけた一種の節をつけて、
「……むかし男ありけり、詩人にてありけるが、いまだ一つの作詩をもなさざるにある日酒に酔いて川に落ち、そのままみまかりにけり。か、そのとおり、そのとおり。まるで一口噺だね。……二人は酒をくみかわし、酔うて別れた。そしてその後ついに相会う機会を持たなかった。数年の後、あるいは数十年の後、二人は別々な土地で、別々な死に方をしてあの世の人となってしまった……か。人生よ、げに一口噺のごとき人生よ。……」
 こんなことを言っていた。
 松本は松本で、そんなことには耳をかさず、まるで演説でもしているような口調で、
「……世
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