らいが何だね、借金が何だね、憂《う》き世の波におじ気がつきましたかね。……おとなしいお子供さん、そのうちにどこかの小父さんが讃《ほ》めてくれるだろう。……)また例のやつが彼の腹の中で初まった。すると急に元気づいて来て、口を尖《とが》らし、口笛で何かでたらめのマーチをやり出したりした。しばらくすると彼は人通りのないような横町へちょっとそれて懐中から金入れをとり出し、その中をしらべてみた。
 それから小半時間ばかりして、友の松本が彼らのよく行く銀座の××酒場《バア》へ入って行くと、そこの隅《すみ》っこの方に一人で淋しそうにウイスキーを飲んでいる曽根の姿を見出した。松本はちょうど誰かいい相棒をほしいところだったから酷くよろこんだ。そーッと曽根に気づかれないように彼の背後から両手で彼の目を塞《ふさ》いだ。
 曽根は飛び上って喜んだ。握手を求めながら言った。
「何かうまいことでも見つかったかね」
「それどころではない、僕は社をやめてしまったよ」
「え? どうして?」
「あんまりけち[#「けち」に傍点]なことばかりで、退屈で退屈で我慢が出来なくなってしまった」
「それで、どうしようというのだ」

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