なかった、もう一つの小さい方の桃はその後どうなったでしょう。兄さんの桃太郎に別れて一人ぽっちになって、どんぶらこ、どんぶらことどこまで流されて行って、何者のために拾われて、どんな一生を送ったでしょう。……」
 なかなかうまいぞ、と思わず手を拍《う》った。すると、その様子があんまり突飛でおかしかったものと見えて、擦《す》れちがった二人連れの紳士がくすくすと笑って行った。彼はそんなことには気もつかず、なおその先を一生懸命に考えていた。
 新橋の先まで行って、ふと気がついて引き返えした。
 もう、灯がぽつぽつつきだしていた。屋根上や、特にそのために造られた高い塔の上の広告燈が、(さあそろそろ初めましょうよ)とでも言うように二つ三つ、まだ暮れきらない薄明りの空に明るくなりまた暗くなりしていた。夕靄《ゆうもや》の白く立ちこめた街《まち》の上を、わけもなく初夏の夕を愛する若いハイカラ男やハイカラ女が雑踏にまじってあちらこちらへ歩るいている。流行のみなりをしていそいそと、まるで尾ひれを振ってあるく金魚かなどのようにしなしな[#「しなしな」に傍点]と品をつくッて歩るいている。裏通りの方ではまた、どこか
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