い出したから尋《き》くが、君はもと浅草の何とかいう横町で油売りをしていたってね。――何もよけいなことには相違ないが、校正のT―老の話だからまんざら嘘でもあるまい。草鞋《わらじ》をはいて車を曳《ひ》いて行商をしてあるいたんだって、いや、全く見上げたものだ。T―老もその話をしていかにも羨《うらや》ましがっていましたよ。君のその非凡なる成功は誰だって感服のほかはないさ。あなたはこのごろお宅では、家内のものどもに「ご前様」てなことを言わせておいでだそうですね。それから靴なども一々小間使に命じておぬがせになるのだとか、それもやはりT―老が言っていましたよ。なかなか高尚《こうしょう》な趣味というものですね。いつごろからそんなことをお思いつきになりました? まったく豪勢ですよ。それにしても一体、君が新聞の株なんかどうして買うようになったのだね。しかし君のこの成功もこの新聞の株を手に入れてからだと言うからやはり先見の明があったというものだね。それにしても社長は少々恐れ入るね。全くさ。いや失敬、失敬、社長さん、あなたは近いうちにこの社を売り飛ばすって噂があるが、まったくですか。このあいだ五六人でね、月給
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