……全く、そのとおり、その通り、……)彼は自分ながらおかしくなって来た。
社の誰やらが、(あれは、もと貧しい家の産で、近年まで長いことそういう方面にひどく不自由をして来たんだからさ)こんなことを言ったのを、ふと思い出した。二面の主任は、社としては今ではなくてはならぬ大事な人物の一人である。事実、このごろの社説の多くはこの人が一人で書いている。彼は別にこれという教育も受けなかった。その代りに長い月日の間めったやたらに書物を漁《あさ》り読んだ。初めから新聞の社説書きになることを心がけてとうとうそれに成功した人である。雄弁術というものによって真面目《まじめ》に演説の仕方も練習もした。なかなかの利口者で、常に自分の周囲に多様な青年、大学生の群を近づけておき、そしてそれとなくそれらの人たちから新思想、新空気を嗅《か》ぎ入れることを知っている。どうかすると彼の書く論文の中には、某々青年、某々大学生の意見がそのまま出て来るようなこともあった。曽根が「むく毛の猟犬」と仇名をつけたのもこの辺から思いついたことである。主筆は彼を、今の世に最もよく要領を得てる人の一人だといつもほめている。――
社長がぬ
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