呑《ゆのみ》のひっくりかえったのや、……
しかし、いずれも(今初まったことでもない)といったように、誰一人としてそんなことを気にする者もない。
曽根はさらに社員の一人一人について眺めて行った。最初に彼の目にとまったのは、彼が自分だけで「尨毛《むくげ》の猟犬」と仇名《あだな》を与えている二面の主任のKさんであった。彼はすぐ腹の中で初めた。
(やあ、むくさん、むく毛の猟犬先生――いつも相変らずのおめかし[#「おめかし」に傍点]ですね。ぴかぴか光るそのお召物はそれは何という物でしょうかね。大へん粋な柄ですこと、……しかしそれにしても腰にぐるぐる巻き付けた水色|縮緬《ちりめん》の幅広なのは少々野暮に過ぎますね。そうさ、むろん安物ではありますまいとも、先生のことですもの。……えーと幾らかとおっしゃったっけね、その金時計とその黄金とプラチナとをつなぎ合わせたその鎖とは、たしか三百八十円でしたね。……そういう立派な、いや高価なものを身につけておいでになればそれはもうどこへ行っても、どう見誤っても中流以上の階級の人と見られるでしょうとも。いや、先生のおっしゃるまでもなく、おしゃれも単なる一種の義務
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