者の筆になったか判明しない怪しげな骨董絵《こっとうえ》の軸などもさがっている。中にはつい四五日前に新たに懸けたのもあれば、また十五年もそれよりも前からそこにぶら下げてあるようなのもあった。彼はそれらを一ツ残さず隅から順々に眺めて行った。しかし何一ツとして彼の心をひくものはなかった。それらのものからは何らの親しみも、何らのゆかしさも感ずることができなかった。
次ぎに彼はその眼を、順よく向い合わされて並んでいる幾列かの卓に転じた。各列の一番むこうのはずれに各その面《めん》の主任がおり、それから主任助手、主任次席、以下△△係、△△係といった風にちゃんと各自その定められた席について各自割り当てられた仕事をしている。卓の上は南京鼠《なんきんねずみ》の巣でもひっくり返えしたようにどこもここも散らかっていた。原稿の書きそこないを丸るめたのや、煙草の灰、新聞のきれ屑《くず》、辞書類の開らきっぱなしになっているのや、糊壺《のりつぼ》、インキのしみ、弁当をたべた跡、――割箸《わりばし》を折って捨てたのや、時によると香の物の一切れぐらいおちたままになっていることも珍らしくない。――お茶の土瓶《どびん》、湯
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