命のために祝盃《しゅくはい》を挙《あ》げようじゃないか」と言った。すると、すぐ前の卓にいたAが頭を擡《もた》げて、
「賛成、賛成!」こう言って、書きかけの原稿を傍へ押しやった。
 曽根は常になく片意地な、ちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]な心持であった。彼は心の中で思った。
(ご親切はかたじけないが、実を言うと僕は君たちと酒を飲むのはいつだってちっとも愉快じゃないのだ。何だか退屈でね、君たちの「新人」というものにももう新らしい型が出来ているよ。それに僕は君たちのような趣味に富んだ詩人ではないんだ。趣味なんてものにはむしろきわめて冷淡で、そして大変な不風流人だよ。それから君たちのような学者でもない、僕は事実この数年来書物らしい書物なんか一冊も読んだことがない。いつもよく君たちが言う最近の学説だの、新主張だのというものも僕にはただいたずらに退屈で、全く何の興味も持つことが出来ないのだ。……まったく、袖《そで》ふれ合うも多少の縁と思えばこそ笑談のつき合いもしているようなものの、恐らくは、そうだ、恐らくは僕は君たちが僕を遇していてくれるほど、君たちを尊敬してはいないかも知らないよ。そして僕は今、
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